ひらめきと愛の人 - 三浦保

ミウライズム

創業者 三浦 保
1928-1996

三浦保は企業人として、貫流ボイラの発展に一生を捧げ、
そして「三浦工業」という会社をつくりあげました。
一方、趣味や遊びにも情熱を注ぎ、多彩な表現の人でもありました。
そのような日々の生き様は、今のミウラらしさの原点であり、挑戦や失敗を恐れず、仕事に厳しく人にやさしいミウライズムとして受け継がれています。

夢

「夢をもって仕事に取り組もう」

三浦保はロマンという言葉を好んだ。「社長は誰よりもロマンチストでなければならない」と語ったが、その言葉のうちに込められた思いは「夢をもって仕事に取り組もう。夢は目標であり、それを実現するのは創意と工夫、そして、あらゆる困難を克服していく積極的行動力だ」ということであった。

愛は愛を生み、信は信を生む

「愛は愛を生み、信は信を生む」
という言葉に出会う

学生時代に出会ったその言葉は、人生観に大きく影響を与え、この言葉は社会人になってからも使われ、三浦保特有の人間性を鮮やかに表している。また、「私は、信じた者に裏切られたことは、ただの一度もない」と、豪語してはばからなかった。

学勉

「勉学」という書を掲げ、
教育元年を宣言

「勉強する心」を大切に思っており、社員教育には熱心だった。「日々の仕事を通じて、厳しい切磋琢磨から体得してゆくものが、血となり肉となって社員は成長する。当社の社員に停滞は許されない。死ぬまで知恵の吸収と技術の研鑽に努め、活きいきとして“仕事師” であり続けてもらいたい。」と語っている。1987 年には教育元年を宣言し、研修所に「勉学」という書を掲げた。

国立能楽堂で『安宅』のシテを舞う
タイ・パタヤビーチで余暇を満喫
自作の陶芸の前で表情を緩める

ひらめきと愛のHISTORY

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